プロデューサー 田中宏幸さん   

a0109728_1814459.jpg プロデューサーという言葉はよく耳にしていても、実際にどのような仕事をなさっていらっしゃるのか、普通は目に触れない部分の仕事だけに、興味津々。しかも、吉本興業という組織の中の方で、その興味は、倍増・・・という訳で、ドキドキしながらお待ちする。

 そこに、登場された田中さんは、デイサービスセンターに来る高齢者とその家族、そこで働くヘルパーさん向けの『吉本お元気ビデオ』の制作の打ち合わせのために東京にいらっしゃったとおっしゃる。挨拶をして、いきなり出てきた福祉関係のお話に驚いてしまう。



『吉本お元気ビデオ』特にいくよくるよのデイサービスセンターの紹介や桂文珍の落語は大変好評であったとか。

 しかし、いくら好評であっても続けていくのは、資金面では大変らしい。ボランティアと割り切る考えもあると思ったが、田中さんは別の道を考えられた。スポンサーを探すこと。介護の必要な高齢者の世話をする人向けのビデオのスポンサーになってくれそうな企業。考えればあるものである。私にはスポーツ飲料としての認識しかなかった飲料のメーカーや車椅子ごと乗せられる車を開発しているメーカーにたどりつく。これで、資金面の心配をそれほどしないで、いいものを安く、しかも継続的に提供できる。
 
  聾唖者向けのビデオも制作していますが、全日本聾唖連盟の方から、聾唖者・難聴者をマーケットとして捉えてほしいと言われたそうである。福祉=ボランティアと考えていると、普通に生活に使えるものはできても、本当によいもの、本当に必要とされているもの(商品として成立するような、デザイン的に優れていたり、遊びの部分があったりするものかもしれない)は、生まれてこない。高齢者や障害者をひとつのマーケットとして捉えたところから、さすが吉本興業の制作したビデオ、と言われるところのものが、出来上がる。

プロデューサーとしての仕事は、人と人、人とものを結びつける仕事である。
 
 企業は何に対してお金を出すか、と考えると、「人」さらに「人の熱意」にお金を出すのだとおっしゃる。考えていることをお金に換えていくためには、とにかく動かなければ始まらない。動くこと、行動を起こすことが大切なのだ。
 「行き当たりばったりなんですよ」ちょっとでも前に進むと景色が変わって見える。動くことで、少しずつ見えるものが違ってくる。
 
  何か新しいことをはじめるとき、今まではマーケティングを必ずおこなってきた。しかし、マーケティングというのは、もう過去の話になっている。人は「今」役に立つことを考えたがるが、すぐに役に立つものは、すぐに役に立たなくなるものでもある。「大学の教養課程はつまらないし、専門課程はもっと役に立たないでしょ」とおっしゃる言葉に納得。面白いことは、役に立たないことをやるところから始まり、大きく育つ。

 たとえば、箱根小涌園の「ユネッサン」の物販エリアにみやげ物として、多種多様なチーズやパスタを置いた。ところが、そのチーズやパスタは、みやげ物としてではなく、近くの別荘族に評判を呼び、売れはじめる。今まで、そのあたりでは手に入りずらかった食材として購入して行くのである。何かすること、動くことによって、そこに思いもかけなかったニーズが生まれたりする。
それを楽しんで仕事をなさっていらっしゃる。

 今、面白いのは、ヨーロッパ だとおっしゃる。ヨーロッパは、文化的に種種雑多である。それが、通貨の統一という道を選択した。共生は楽しいという選択である。同質のものは、安心できるが、面白くない。異質のものが一緒になるところに面白さが生まれる。なんで今更ヨーロッパなのと思ったが、そこには田中さんの世の中を見るときの目が感じられた。  

 「人を楽しませる」「人を集める」という吉本興業のもっとも得意とする分野から発展して、町おこしのコンサルティングをはじめ、田中さんのプロフィールを拝見すると、他の業種と協力してさまざまな分野へ進出している。吉本興業というと「さんま」をはじめとするお笑いの派手な印象しかなかったが、田中さんのような活躍をしている方がいらっしゃることを知り、あらためて「吉本」という会社の奥の深さ、余裕というものを感じた。



プロフィール
1954年 京都市生まれ
1978年 京都大学 文学部 卒業
 同年  吉本興業株式会社 入社
     桂 三枝、明石家さんまのマネージャーを経験
1982年 テレビ番組のプロデュースを始める。
1984年 なんば花月劇場支配人
1988年 外国人パフォーマー担当となる。
1990年 「花と緑の万国博覧会」において、イリュージョンショー、「FERCOS」をメインステージにてプロデュース。
1993年 東京支社長
1995年 メディアプロデュース部 チーフプロデューサー
1997年 企画開発部 チーフプロデューサー
同年 吉本興業創業85周年記念として「字幕ビデオ」を制作。500本を関係各団体に無料配布。
1998年 難波再開発に向けてのエンターテイメント研究会メンバーとして、なんばクリエーターファクトリーを提案(2000年春設立予定)。8月、さよなら大阪球場記念演劇「Piper」をプロデュース。
同年 11月4日「第2回 爆笑!吉本字幕寄席」を企画制作。
1999年 4月、田中プロジェクトリーダーとして「なにわ新都」、箱根小涌園再開発、HEPHALLイベントプロデュース等に携わる。
  7月、「爆笑!吉本字幕付ビデオVol.2」制作。
  9月、長崎県小浜町中心市街地活性化基本構想策定
2000年 4月、大阪制作営業統括部 チーフプロデューサー、
  4月、なんばクリエーターファクトリー開塾、事務局長に就任
  6月、「第3回 爆笑!吉本字幕寄席」プロデュース
   世界民族芸能祭ベイスクエア-プロデュース
2001年 1月、箱根小涌園「ユネッサン」総合演出(2001年1月1日開業)
   ロボフェスタ関西2001実行委員会プロデューサー

by keiko-ishikawa | 2007-10-03 17:55 | 21世紀の仕事人

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